運動音痴ランナーのマラソン放言日記

運動音痴(略して、うんち)のオタクランナーが、マラソン・ランニング・世の中について ひと言もの申ーす!ブログ。目指すか、福岡国際。

哲学の道はトレードへと通ず、だから何? 前編 ~哲学とトレードの共通点~

タイトル“哲学の道はトレードへと通ず、だから何?”
とある通り、言いたいことは、後半部“だから何?”につながる部分です。

けれども、まずは前半部:哲学の道はトレードへと通ず
つまり、哲学とトレードの共通点を説明から入ります。

もし仮に、その説明を省略すると、

どこが哲学とトレードは共通してるの?
どーしてー、どーしてー?

と、めんどくさい疑問を投げかける人(≒わたくし)が
いるかもしれないからです。

ただ、そうは言っても
哲学に興味がある人は、少ないでしょう。

トレードに興味がある人は、
哲学に興味がある人よりは多くとも、
やっぱり絶対数としては、少ないはずです。

興味がある人には、少しは役立つ(はずの)内容ですが、
両方に興味がない人は、すっ飛ばしてね。

あ~、前置きめんどくさい。


前置きが終わったので、
哲学とトレードの共通点の説明からです。

哲学とトレードの共通点、


それは、
学んでも誰の役にも立たないこと。


残念ながら、その通りなんですが、

こんな共通点では、ここで話が終わってしまいますし、
僕がわざわざ時間を掛けて文章を書きません。


学生時代、哲学を専攻していたので、

ふと10数年ほど昔を振り返って、
哲学ってどんな学問だったんだろーと考えてみると、

哲学って、
「なぜ、そうなるのか」を追い求める学問である

という結論に至りました。


・なぜ美しいと感じるのか。

・なぜ人を殺してはいけないのか。

・なぜ一度好きに人になった人を忘れられないのか(←僕の卒論のテーマです)。

などなど。

「ねえ、どーして?」と、
幼稚園児が聞いてくるような質問を、
いい年した大人が追い求める。

これが、哲学だなーと思いました。


一般的な哲学のイメージは、

ニーチェがなんとかかんとか、
ヘーゲルが~、カントが~とか、

誰だか知らんオッサンが、
あーだこーだ言ったの言ってないのとか
ネチネチ議論している学問かなと想像します。

こんなのは哲学ではなく、「哲学研究」です。

哲学研究の必要性は理解しているつもりですが、
こんなのに人生を費やすなんて、僕はまっぴら御免です。


哲学研究を“こんなの”と切り捨てて、
哲学研究者を敵に回したところで、

次は、トレードの話です。

トレードの勉強に数年を費やして、
やっと、トレードという仕事の全貌を少しわかってきました。

まぁ、話の流れから、
次に来る言葉は推測できると思いますが、

トレードも、
「なぜ?」を追い求める仕事(学問?分野?)だと、
最近感じています。


・なぜ相場は上昇するのか、下落するのか。

・なぜブレイクアウトは起こるのか。

・なぜ撤退した途端、エントリーした方向に相場が進むと、
 Fuck!と机を蹴り飛ばしたくなるのか。

これらの疑問を、
自分が納得の行くまで追い求める。

僕がトレードの師と勝手に仰いでいる野川徹氏も
「“なぜそれは起こるのか?”という疑問が大切だ」と言っています。

「なぜ?」を追い求めることがトレードだと、
僕は思っています。

売った買った、勝った負けたなんてのは、
トレードのあらゆる仕事の内、1%にも届きません。


以上が、哲学とトレードの共通点
についての説明でした。

続きは、後半へ。

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“食っていく”という言葉は、なんか下品

唐突な始まり方になりますが、

“~で食っていく”という言葉が、
僕は嫌いです。なんか下品な感じがします。

「~」には、仕事や職業が入ります。

たとえば、

職業がモデルなら、モデルで食っていく。
俳優なら、俳優業で食っていく。
トレーダーなら、トレードで食っていく。

こんな使い方をするはずです。

ちなみに、
最後の例は、今の僕の願いです。


~で食っていくという言葉と、同じ意味を持つ表現

~で生活していく
~で生活費を稼ぐ
~で生計を立てる

など、これらの表現ならば、
僕も躊躇いなく使いますが、

食っていくという言葉だけは、
絶対に使いたくありません。

なんでかなーと思い、
布団の中に入って、ふと考えていたら、
(こういうことをするから、夜寝られなくなる)

こんなことかなーと
たどり着いた答えがありました。


生活全般を表す言葉に、
“衣食住”という言葉があります。

現代社会で生きていく上では、
衣と、食と、住が必要という意味。

これらを現代風に表現すれば、
服・食事・家になります。

食だけあれば良い訳ではなく、
衣も、住も、同じレベルで必要ということです。

衣食住と三つを同列に並べている以上、
衣・食・住の三者は同等にもかかわらず、

“食っていく”という言葉は、
衣と住の二つをないがしろにして、
食だけをクローズアップしていると感じます。

だから、食っていくという言葉に、
僕は強い違和感を抱いたのでしょう。


食っていくという言葉を、普段使っている人は、
この言葉に対して、ここまで自覚して
使っていないと思いますが、

言葉の使い方に、何かと細かい僕は、
食っていくという言葉を使いませんし、

この言葉が嫌いなので、
使いたくありません。やだぷー。


自分の主張を書いた文章なので、
一人称の主語を多用して書いてみました。


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